クエの鳴く夜は恐ろしい

爆笑問題カーボーイ向けに投稿したショートショートショートを公開します

カムバック

 孝夫は、不仲ながらも長年連れ添った昌子と川沿いに来ていた。長い沈黙の後、口火を切ったのは昌子だった。
「ここで一緒にサケの稚魚を放流したの覚えてる?」
「ああ、もう随分前だったな」
「あの頃は楽しかったわ。サケが戻ってくる日も一緒にいようって言ったのがプロポーズだったわね」
「ああ、今思うと照れくさいな」
 孝夫は昌子がこれから何の話を切り出すか、おおよそ分かっていた。
「あなた、私たちもう終わりにしましょう。サケは長い旅を経てまた川に戻ってくるけど、私の心はもうあなたの元には戻らないの」
「待ってくれよ。俺の悪いところは改める。だからさ……」
「もうそんなの何回も聞いたわよ」
 昌子は吐き捨てるように言うと、孝夫をおいて離れてしまった。
「待ってくれよ昌子。またサケの稚魚を放流したあの頃のようになろうよ」
 昌子はなにも応えなかった。孝夫は渾身の力を込めて叫んだ。
「カムバック!サーモンピンク!」
 孝夫の声は静寂の山にむなしく響いた。