クエの鳴く夜は恐ろしい

爆笑問題カーボーイ向けに投稿したショートショートショートを公開します

エレベーターガール

 孝夫の妻はかつてエレベーターガールだった。しかしながら結婚直後に他界し、孝夫は独り身だった。孝夫は愛する妻をずっと忘れられずにいた。
 ある日、孝夫は夢の中で妻と出会った。妻は孝夫が住んでいるマンションのエレベーターガールとして、孝夫に案内していた。
 孝夫は目が覚めると、先ほどの夢が気になり、夢に出てきたエレベーターに向かった。エレベーターは先日改修されたばかりだった。
 チャイムと共にエレベーターが開く。
「お待たせしました」
 孝夫は驚いた。よく聞くと案内をする声が妻の声とそっくりなのだ。確かに妻は生前その美声が評価され、エレベーター会社の収録に協力したことがあると聞いていたのだが、まさか自分の住むマンションのエレベーターで使われていたとは。
「そうだ。俺はお前に会える日をずっと待ってたんだ」
「上にまいります」
「上? お前も気分がアゲってことなんだな?」
 孝夫は悟った。
「そうか。これが本来のエレベーターガールなのか……」
 この日から孝夫はそのエレベーターに夢中になった。仕事帰りに何度もエレベーターに乗り続けるため、周囲の住人からも不審がられるようになった。
 さらに、孝夫はタワー内に複数あるエレベーターのうち、夢に出てきたエレベーターだけを使っていたため、住人にはことさら奇妙に映った。
 そんな生活が続いていたが、孝夫にはある疑念が沸いてきた。妻のエレベーターと、向かいにあるエレベーターがいつも同じタイミングで開いているのだ。 不審に思った孝夫は、妻にばれないように見守っていた。すると、妻のエレベーターと向かいのエレベーターが楽しそうに話しているではないか。
「上にまいります」
「上にまいります」
 浮気の現場を見つけた孝夫はすぐさま妻のエレベーターに乗り込んだ。
「おい、お前向かいのエレベーターとデキてるんだろ! 俺は見たんだぞ」
 孝夫は自室のある階のボタンを押した。エレベーターは「ドアが閉まります」といったきり何も応えず、上昇する。
 しばらく沈黙の内にエレベーターは止まり、ドアが開いた。
「5階でございます」
「本当に誤解なんだな? お前がそう言うなら信じるしかない」
 そう言い残し孝夫はエレベーターホールそばの自室に入った。
 孝夫の自室は7階にあった。