病床
孝夫は、病床の父のそばにいた。数ヶ月前までとても元気だった父の見る影はもうない。
「孝夫、母さんの事は頼んだぞ」
「何言ってるんだ父さん、春には温泉旅行に行こうって話したばかりじゃないか」
そう言いながらも孝夫は、この温泉旅行が遠い夢物語であることを分かっていた。
そのとき、父の様子が急変した。手足がガタガタ震え、呼吸が荒い。普段の父とは明らかに違った。
父が孝夫に懇願した。
「ひっくり返してくれ」
「えっ」
「仰向けにしてくれ。頼む」
孝夫は言われたとおりに父を仰向けにすると、父は手足を天井に上げた。そしてその手足は、少しずつ左右を中央に寄せる。
そして父は堅くなってしまった。
そばにいた医師が脈と瞳孔を確認したのち、腕時計の時間を見た。
「15時30分、ご臨終です」
孝夫はがっくりと肩を落とした。父がこんなにも早く他界するなんて心の準備ができていなかった。
孝夫の父はコガネムシとして1年の寿命を全うした。