クエの鳴く夜は恐ろしい

爆笑問題カーボーイ向けに投稿したショートショートショートを公開します

出生の秘密

「父さん、僕の出生の秘密ってなんなの」
 孝夫は父に詰め寄った。
「あなた、もういいでしょう。孝夫だってもう大人なのよ」
 孝夫の母も牽制する。父はついにその日が来たのか、という顔をした。
「もうお前も二十歳だ。話を聞いて取り乱すような年齢でもあるまい」
 孝夫の父はそう言うと、おもむろに語り始めた。
「あれは、まだ父さんが学生だった頃だ。私は学費もろくに払えない貧乏学生でね。アルバイトを掛け持ちして学費を稼いだものだ。ある年の冬、学校で入試試験の監督員をするアルバイトをする事になったんだ」
「うん」
「試験の当日、東京は大雪で交通が麻痺していた。私もその影響で、乗り換えの駅で難儀していたんだ」
「すると、隣で美しい女性が困った顔をして掲示板を見ている。よく見ると、私がこれから向かう大学の赤本を持っていたんだ。きっとこれから入試に向かうのだろうと思い、声をかけたんだ」
「聞くと、女性はこれから入試に向かう途中で、遅刻しそうで困っていたらしい。私もこれからそこに向かうと伝え、一緒に学校に行きましょうと伝えたんだ」
「とはいえ、電車は全てストップし、代替の路線もないという。唯一残されていたのがバスだった。私たちはバスを乗り継ぎ、何とか大学までつくことができたんだ」
「女性はありがとうございます、ありがとうございます、って何度も言ってくれたよ」
「私も試験に間に合って、時間通りに仕事を始めることができたんだ。そのときに一緒に仕事をしたのが、母さんだ」
「懐かしいわね」
 母も父の話を懐かしむ。孝夫の父は振り絞るような声で言った。
「つまり、お前は試験官の子供ってことだ」
「試験官ベビーってこと?」
「そういうことだ」
「試験に向かうときにいた美しい女性は?」
「全く関係ない」