クエの鳴く夜は恐ろしい

爆笑問題カーボーイ向けに投稿したショートショートショートを公開します

偽家族

 孝夫には身寄りがなかった。元々一人っ子である上に、両親は数年前に既に他界していた。妻はおろか恋人もいない孝夫は、両親が遺した一軒家で一人寂しく過ごしており、夜寝るときに訪れる孤独の重圧に押しつぶされそな事が時折あった。
 ある日、孝夫が仕事から帰ると真っ暗であるはずの家の明かりが灯されている事に気付いた。うっかり自分が電気の消し忘れでもしたのかと思いつつ家に入ると、なにやら美味しそうな香りが漂ってくる。
「お帰りなさいあなた。今日は早かったのね」
 孝夫は驚いた。キッチンから美しい女性が向かって来るではないか。さらに驚いた事には、彼女は何も身に纏っていなかったのだ。
「すみません、あなたは誰ですか」
 女性はクスクスと笑った。
「またアレ言わせたいのね。はい、私はあなたを愛する妻です。これ何回言わせるつもり?」
 そう言うと女性はキッチンに戻ってしまった。
 孝夫は自身が孤独に耐えきれず、おかしくなってしまったのだと悟った。しかし現実の孤独に対峙するより、夢とも現実ともつかぬ世界で幸せに過ごした方がいいのではないかと思った。
 孝夫は玄関を見渡した。見慣れぬ靴がいくつかあるが、子供の大きさの靴はない。どうやら私たちの夫婦に子供はいないようだ。キッチンに向かうと、先ほどの女性が料理を作っている。
「すぐできるから、もう少し待っててね」
「それはいいんだけど、なんで裸なの」
「なんかおかしい? いつもこうだけど」
 家では全裸で過ごす女性がいるというのは聞いたことがあったが、意外に身近にいるものだと孝夫は思った。
 しばらくすると、キッチンに壮年の男女二人がやってきた。
「あら孝夫。もう帰ってきたのね」
「孝夫、新しい職場はもう慣れたか?」
 年齢は両親に近いが、顔が全く違う。それよりも二人が全裸なのが孝夫を混乱させていた。
 孝夫は驚いて生前中に撮った両親の写真をスマホで確認した。撮った写真には孝夫の記憶している両親ではなく、目の前の二人の姿になっている。もはやこの二人を孝夫と無関係であると証明する術はなかった。
「おや孝夫、お仕事ご苦労さん」
「孝夫お疲れだったねえ」
 今度は見知らぬ老人の男女がキッチンにやってきた。またもや何も身につけていない。
 孝夫は目の前で起こっていることに耐えられなくなった。
「もういい! お前ら全員ここから出て行け!」
 女性が孝夫をなだめる。
「出て行くって、ここは私たち家族の住みかじゃない。孝夫さん、落ち着いてよ」
「うるさい、お前達は俺の家族じゃない、裸族だ!」