ピアノ発表会

　今年五歳になる麻衣は母に泣きながら訊いた。
「なんでパパはピアノ発表会に来れないの？」
「パパのお仕事が忙しくて行かれなくなっちゃったのよ」
「やだやだ。絶対パパに来てもらうんだもん！」
　そばで訊いていた孝夫は麻衣に語りかけた。
「麻衣ごめんな。パパも麻衣のピアノ発表会に行きたいんだが、出張が入っていて発表会の時間には間に合わないんだ」
「パパ来てくれないとやだー」
　その日、麻衣はずっと泣き続けていた。
　ピアノ発表会の当日、孝夫は会場まで駆けつけていた。出張の仕事が思いの外早く終わり、朝一番の新幹線で駆けつけたのだ。
「一番前の席にパパが来てるわよ」
　舞台裏で母から聞いた麻衣は、舞台袖からこっそり孝夫を捜した。孝夫もそれに気づき、小さく手を振っている。
「やったあ！パパが来てくれたんだ！」
　いよいよ麻衣の発表の時間になった。黒いタートルネック、ジーンズとヘッドセットを着けた麻衣が壇上に上がる。
　アナウンスの声が聞こえる。
「続きましては大幅アップデートをなされた新作の発表です。ヤマイピアノ代表取締役社長、川本麻衣さん、よろしくお願いいたします。
　麻衣は浪々とした声で語り始めた。
「皆様の前で弊社の新作ピアノKPN-039をご紹介出来ることを楽しみにしておりました。まずはこちらのKPN-039を開発するにあたりまして……」