クエの鳴く夜は恐ろしい

爆笑問題カーボーイ向けに投稿したショートショートショートを公開します

青の洞門

 昔、諸国巡礼の旅途中であった一人の和尚が、渓谷にたどり着いた。その渓谷は険しく、鎖渡(くさりわたし)では毎年幾人かの村人や馬が命を落としているという。ここに洞門と呼ばれるトンネルがあればその命も救われるが、山の岩盤は堅く、距離も1町と長い。洞門を作ろうと村人達はすでに何度も話し合ったが、実現できずにいた。
「それでは私が洞門を作ろう」
 和尚の提案に村人達は驚いた。おもむろに和尚はノミと槌を使い、堅い岩盤に力強く打ち始めた。和尚の常識外れの行為に村人達は困惑した。和尚が一日掛けて抜き出した穴は三寸にも満たない。中には托鉢目当ての行為ではないかと疑う者もいた。
 そうした村人達の疑心に対し和尚は何も反論もせず、黙々と穴を掘り続けた。それが二年三年と続くと、村人達の態度も変化していった。村人達は托鉢勧進をし、和尚を支えるようになった。
 和尚が穴を掘り始めてから30年の月日が経った。いつものように和尚はノミを岩に打つと、軽い感触と共に、穴からまぶしい光が見えた。掘り抜いたのである。
「成し遂げましたぞ」
 和尚はこれまで亡くなった村人や馬を弔い経を上げた。その後、開通した洞門により村人達は命を落とすことなく往来をすることができるようになった。
 これが日系ブラジル移民の始まりである。