母のカレーライス
「春子、新しいお母さんだよ。ほら、挨拶しなさい」
郁美は腰をかがめて春子に挨拶した。
「春子ちゃん、始めまして。仲良く一緒に暮らしましょうね」
郁美のさしのべた手に春子は応じなかった。
「私のお母さんはもういないもん」
そう言い残すと春子は自室に戻ってしまった。
郁美は料理が苦手だ。ことさらカレーに関しては春子から惨憺たる評価を受けた。郁美は自身の家事能力に落胆していた。
ある日、孝夫と郁美は夜遅くに帰ってきた。春子は作り終えていた料理を食べた後、寝室で眠っていた。
「春子、ご飯が出来たわよ」
キッチンから母親の呼ぶ声が聞こえた。春子がキッチンに入ると、フッと香ばしい匂いが伝わってきた。春子の大好きなカレーだった。
さあこれから一口ほおばろうとしたところで春子の目が覚めた。しかし、あの香ばしい匂いがまだあることに気づいた。
春子はキッチンに向かうと、孝夫と郁美がカレーを食べようとしている。
「お父さん、ちょっとそのカレー食べさせて」
そう言うなり、春子は孝夫のカレーを口にした。
「これよこれ!私が食べたかったカレーはこれなの!」
春子の歓喜に、郁美は笑顔で応えつつ、手元にある袋を春子に見えないようにそっと隠した。袋にはCoCo壱番屋と書かれてあった。