クエの鳴く夜は恐ろしい

爆笑問題カーボーイ向けに投稿したショートショートショートを公開します

嫌疑

孝夫は妻殺しの嫌疑を掛けられ任意同行で警察署に来ていた。ベテランの刑事が孝夫に問い詰める。「孝夫さんは9月14日の午前、何してましたかね」「何度も話しましたよ。そのとき私は友人と登山に出かけてました」「友人はその一人だけ?」「一人だけです」「…

クローン

不二雄の父は科学者であったが、ある夏の日いつものように研究所へ出勤したきり忽然と姿を消した。 警察は大がかりな捜索をしたが、父の情報は一向に入ってくる様子はなかった。国の重要なプロジェクトを任されている父の失踪は息子の不二雄だけでなく国家に…

出生の秘密

「父さん、僕の出生の秘密ってなんなの」 孝夫は父に詰め寄った。「あなた、もういいでしょう。孝夫だってもう大人なのよ」 孝夫の母も牽制する。父はついにその日が来たのか、という顔をした。「もうお前も二十歳だ。話を聞いて取り乱すような年齢でもある…

病床

孝夫は、病床の父のそばにいた。数ヶ月前までとても元気だった父の見る影はもうない。「孝夫、母さんの事は頼んだぞ」「何言ってるんだ父さん、春には温泉旅行に行こうって話したばかりじゃないか」 そう言いながらも孝夫は、この温泉旅行が遠い夢物語である…

出産ラッシュ

孝夫は臨月を迎える妻と電車に乗っていた。ちょうど出社近くの電車であったため、車内は混雑していた。孝夫は身重の妻をかばいながら乗車していた。 しばらくすると、車内の奥の方で女性の苦しそうな声が聞こえる、その後、赤ん坊の声が聞こえてきた。「おめ…

家族旅行

孝夫は家族旅行で空港に来ていた。ロビーで便が来るまでくつろいでいると一人の老人が何かを探している。孝夫が声をかけた。「何かお困りごとですか?」「実はこの近くにスーツケースをおいていたのですが、見あたらないのです」「なんですって。早速探しま…

コインロッカーベイビーズ

終電間際、新宿駅の駅員室に一本の電話が鳴り響いた。当直を担当した孝夫が電話にでると、若い女性の声が聞こえてきた。「南口のコインロッカー406番を確認してください」 そう言ったきり、電話は途絶えてしまった。孝夫はただ事ではないことを察知し、合…

メレンゲの気持ち

麻衣はお菓子を作るのが好きだった。この日もケーキを作っていたのだが、朝早起きしたせいか眠くなってしまい、作っている最中にソファで少しの間眠ってしまった。 目が覚めると、テーブルの上に見慣れないボウルがあった。ボウルの中にはメレンゲが作られて…

ワンちゃん

「あそこのご夫婦いつも仲良さそうね」「それがそうでもなさそうなのよ。ほら、あそこのご主人、駅長さんなさってるでしょ」「そうでしたわね」「ご主人が生活リズムも関係なく仕事なさってるから夫婦同士で意見が合わないみたいなの」「まあ、そうなの。ワ…

薬物容疑

「あそこのご夫婦いつも仲良さそうだったわね」「それが夫婦揃って薬物所持で逮捕されるなんてねえ」「でも捕まったのは夫婦だけじゃないのよ」「あら? お子さんも薬物で?」「違うのよ。あそこの家のワンちゃんも薬物所持で逮捕されたの」「まあ、それじゃ…

自主退学

「ねえあなた。タカシのことなんだけど」「タカシがどうかしたのか」「あの子、お笑い芸人になりたいんだって」「何言ってんだタカシは。そんなの無理に決まってんだろ。第一タカシはまだ1歳なんだぞ」「でもタカシは意志が固くて学校も辞めてきたらしいの…

他薦

高校生の早紀は自宅に帰ると、自分の机の上に何やら置かれていることに気付いた。見ると、経歴書には妹の麻衣の顔写真、封筒、切手が置かれている。 きっと妹がアルバイトの応募でもしようとしていたのだろうと思い、早紀の机にしまった。 しばらくすると麻…

偽家族

孝夫には身寄りがなかった。元々一人っ子である上に、両親は数年前に既に他界していた。妻はおろか恋人もいない孝夫は、両親が遺した一軒家で一人寂しく過ごしており、夜寝るときに訪れる孤独の重圧に押しつぶされそな事が時折あった。 ある日、孝夫が仕事か…

ガラケー

「ねえ、お父さんいつになったらガラケー止めるの?」 娘の麻衣がイライラした口調で母に訊いた。「でもパパはスマホ使いこなせないでしょ。あれでいいのよ」「いいわけないじゃない。第一古くさいのよ」 新聞を読みながら側で聞いていた孝夫が入ってきた。…

エレベーターガール

孝夫の妻はかつてエレベーターガールだった。しかしながら結婚直後に他界し、孝夫は独り身だった。孝夫は愛する妻をずっと忘れられずにいた。 ある日、孝夫は夢の中で妻と出会った。妻は孝夫が住んでいるマンションのエレベーターガールとして、孝夫に案内し…

カムバック

孝夫は、不仲ながらも長年連れ添った昌子と川沿いに来ていた。長い沈黙の後、口火を切ったのは昌子だった。「ここで一緒にサケの稚魚を放流したの覚えてる?」「ああ、もう随分前だったな」「あの頃は楽しかったわ。サケが戻ってくる日も一緒にいようって言…

結婚しよう

男「結婚しよう」女「その前に私、あなたに今まで隠してきたことがあるの。驚かないで聞いてくれる?」男「もちろんだよ」女「私、地球人じゃないの。遠い星から地球を監視に来た調査員なの」男「なんだって……」女「あなたが驚くのも無理はないわ。私の故郷…

仮面夫婦

主婦A「サキさんとジャギさんのお宅知ってる?」主婦B「いつも鉄のヘルメットみたいなのを被ってるご夫婦ね。いつも仲良さそうにしてらっしゃるわね」主婦A「それがそうでもないらしいの。家では寝室も別々で一言も口をきかないんですって」主婦B「まあ、そ…

一子相伝

息子「父さん、俺、父さんの仕事引き継ぎたいんだ」父「やめとけ、お前には無理だ。お前も意地を張らずに今の仕事をやれ」息子「父さんがプライドを持ってやってたあの仕事を見て俺は育ったんだ。今の仕事では満足できないんだ」父「もう10年仕事がないんだ…

振り込め詐欺

電話:プルルルル母「はいもしもし」詐欺師「あ、母さん。信次だけど。取引先とのトラブルで300万円が今すぐ必要なんだ。お金をぼくの口座に振り込んで」母「まあ、なんてことを。今すぐ送るわ。」数分後母「電子振り込みで300万送ったわよ。セキュリティ上…

昌子さんメシはまだかいの

祖父「昌子さんメシはまだかいの」嫁「やだおじいちゃんご飯はさっき食べたでしょ」祖父「そうだったかのう」娘「ちょっと待ってお母さん、おじいちゃんどころか私たち今朝から何も食べてないじゃない。おじいちゃんは濡れ衣よ」息子「何言ってるんだ姉さん…

引きこもりの息子

カウンセラー「息子さんが部屋に引きこもるようになってから何年になりますか」母「高2からですからもう10年になります。息子の将来が心配で心配で……」カウンセラー「高校はそのまま中退されたんですね」母「はい。通信制の高校に転入後、通信制の大学へ進学…

ピアノ発表会

今年五歳になる麻衣は母に泣きながら訊いた。「なんでパパはピアノ発表会に来れないの?」「パパのお仕事が忙しくて行かれなくなっちゃったのよ」「やだやだ。絶対パパに来てもらうんだもん!」 そばで訊いていた孝夫は麻衣に語りかけた。「麻衣ごめんな。パ…

伴侶の葬儀

孝夫は自宅の縁側に座り、今日の葬儀の事を思い返していた。「君らしくてあったかい、いい葬式だったよ」 定年退職後、夫婦二人でやっとゆっくり出来ると思った矢先の出来事だった。愛する伴侶が突然の病に侵され、そのまま他界してしまったのだ。妻と離れば…

形見

孝夫の父は言葉の少ない、昔かたぎの男だった。仕立てた背広をパリッと着こなし、靴は三種のクリームを使い分けて手入れしていた。この日、孝夫は付き合っている彼女を紹介しに実家に戻ってきた。当然、将来の結婚を見据えての挨拶だった。「理恵さん、孝夫…

再会

孝夫は別れた父親によく似た老人と偶然出会った。身なりは小汚く、目も虚ろだが孝夫の目に間違いはなかった。「杉田敏夫さん、ですか」 男は目を背けた。「いいえ、誰か人違いじゃないでしょうか」「覚えていますか、杉田孝夫です。25年前に別れた、あなたの…

母のカレーライス

「春子、新しいお母さんだよ。ほら、挨拶しなさい」 郁美は腰をかがめて春子に挨拶した。「春子ちゃん、始めまして。仲良く一緒に暮らしましょうね」 郁美のさしのべた手に春子は応じなかった。「私のお母さんはもういないもん」 そう言い残すと春子は自室に…

青の洞門

昔、諸国巡礼の旅途中であった一人の和尚が、渓谷にたどり着いた。その渓谷は険しく、鎖渡(くさりわたし)では毎年幾人かの村人や馬が命を落としているという。ここに洞門と呼ばれるトンネルがあればその命も救われるが、山の岩盤は堅く、距離も1町と長い。洞…